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#VidaPatagonia:セロ・サン・ロレンゾのハンガー・ゲーム

#VidaPatagonia:セロ・サン・ロレンゾのハンガー・ゲーム

2015/02/12 2015年2月12日

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何年もチャルテン山塊だけを登りつづけたあと、僕はついにパタゴニア・アンデス山脈の別の場所に身を置くことにし、長年の友達ロブ・スミスとともに、パタゴニアで第二の標高を誇るセロ・サン・ロレンゾの麓で11月を過ごした。エル・チャルテンが毎年シャモニ化していくなか、パタゴニア・アンデス山脈の他の場所は20年前の登攀経験とあまり変わらない。いまや衛星電話で天気予報が入手できるようになったこと以外は。

編集者記:パタゴニアのクライマーたちがまたもやパタゴニアの登攀シーズンからの写真とストーリーをシェアしてくれます。Patagonia.comのVida Patagoniaの遠征ページでご覧ください。またはインスタグラムの#VidaPatagoniaをフォローしてください。

11月10日、僕らはゴベルナドル・グレゴレスでピックアップトラックを雇ってペリト・モレノ国立公園に向かい、道の終わりで降ろしてもらった。ベースキャンプとプエスト・サン・ロレンゾとして知られる古いヒュッテにギアと食糧を運ぶのに3日間、3度の往復を要した。滞在していた3週間、人っ子一人見かけなかったが、たくさんのグアナコと、低地にハイクしていけば、毎日のように新しいピューマの糞を見かけた。

写真上:セロ・サン・ロレンゾの主峰。右の稜線がおおまかにサウス・アフリカン・ルートだ。写真:Colin Haley

この遠征中は天気には恵まれなかった。僕らのベースキャンプはセロ・サン・ロレンゾにかなり近かったが、5日間ほどは山の姿を見ることもなく、山頂や稜線が見えた日も巨大なレンズ雲に覆われていた。実際遠征中に15〜18時間のいい天気に遭遇したのはたった2度で、僕らはそれを利用することもできず、まあまあの天気のなかを登ることができたのはたった1日。ほとんどの時間は重いバックパックを背負ってのさまざまな登攀目標のアプローチの下見に費やされた。このエリアにはトレイルは一切なく、遠征中最低19回の徒渉を経験した。ベースキャンプ付近にはいいボルダリングエリアがあるが、そこに到達するには腿まで浸かる徒渉を要し、登攀やアプローチ、あるいは登攀を試みていないときは毎日雨に降られた。

Colin

コリン・ヘイリーは1984年にシアトルに生まれ、現在もそこに住む。険しいカスケード山脈でハイキングやスキーやクライミングをして育ち、山での冒険に対する情熱と悪天候にくじけない精神を培った。最も切り立った岩壁に魅了された彼は、アラスカとパタゴニアの山々でのクライミングに熱中している。

このストーリーはコリンのブログVida

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